八重山列島 沖縄島

1.八重山列島 波照間島 竹富島 石垣島
2016年4月、波照間島、竹富島、石垣島へと旅をした。西表島(いりおもてじま)へは1982年に行ったことがある。これらの島に、与那国島・小浜島・黒島などを含めて八重山列島と言う。八重山諸島とも言う(注)。波照間島は、有人島では日本最南端の島で、海岸線長は14.8km、標高は59.5m。この島は、台湾の首都台北より南にあり、北回帰線(北緯23.6度)がすぐ南を通る。波照間郵便局も日本最南端の郵便局。島の主要産業はサトウキビ栽培。旅行者のすべてが「日本最南端の碑」と「ニシ浜」(「ニシ」は方言で「北」の意味)へ行くと思われる。日本最南端の天文台である「星空観測タワー」からは南十字星全体を観測できる(4月から6月まで)。「日本で最も多くの星が見える」ため、満天の星を見る「星空ツアー」が催されている。島の中央に集落があり、人口は508人(2016年)。台風の被害を避けるため、家は石垣と防風林で囲まれ、屋根の赤瓦は漆喰で塗られている。夜の静寂は離島ならでは。石垣島離島ターミナル発、波照間港着の高速船は、波が高くなるとよく欠航する。このため貨客フェリーをうまく利用することが大切。でないと石垣島へ定められた日に戻れなくなる。サンゴ礁に囲まれた島である竹富島は石垣島から近く、船便も多いので観光客がとても多い。しかし、新しく家を建てるときには「平家の赤煉瓦の家を建てなければならない」などの決まり(竹富島憲章)があり、そのため集落の景観はよく保たれている。美しいコンドイ浜は遠浅の海水浴場で、観光客に人気がある。1982年の2月下旬に、私もこの浜で泳いだことがある。

2.沖縄島 沖縄戦 米軍基地
飛行機で石垣島から沖縄島へ。私は最近、「テーマ」を決めて旅行することにしている。今回は、沖縄の歴史(沖縄戦と戦後沖縄史)と在沖縄米軍基地がテーマ。あらかじめ多くの本を読み、映像も見てからの旅であった。私は日頃、まず事実を知ることから始めたい、と考えている。沖縄への旅もそうであった。沖縄南部では、旧海軍司令部壕(豊見城市)、ひめゆりの塔(糸満市)、平和祈念公園(糸満市)を訪ね、資料館等で沖縄戦を学ぶ。(ひめゆりの塔と平和祈念公園は2度目)沖縄中部では3つの米軍基地を訪ねた。嘉数(かかず)高台公園(宜野湾市ぎのわんし)にある展望台から普天間飛行場(海兵隊基地)がまじかに見える。24機のオスプレイが運用されている。「道の駅かでな」(嘉手納町)の展望台からは、広大な嘉手納基地(空軍基地)を一望できる。多くの軍用機がタッチ・アンド・ゴーの訓練をしていた。辺野古漁港(名護市)の近くからキャンプ・シュワブ(海兵隊基地)とヘリポート建設予定地(辺野古崎沖合い)を見た。事前に予備知識をもって沖縄の米軍基地へ行ったとはいえ、文字通り基地を「見てきただけ」であった。ただ「道の駅かでな」には学習展示室があり、「嘉手納のあゆみ」を詳しく学ぶことができる。このほか、沖縄への旅行客の多くが訪れるであろう、琉球王朝の宮殿である首里城(那覇市)や、沖縄海洋博(沖縄国際海洋博覧会、1975年開催)の会場(国頭郡本部町くにがみぐんもとぶちょう)となった海洋博公園(国営沖縄海洋博覧会記念公園)なども訪れた。

<注>国土地理院の名称では八重山「列島」。「二つ以上の島の分散の度合いにより、集団をなすものを諸島、そのうち、塊状をなすものを群島、同様に列状をなすものを列島と呼んでいます。諸島と群島は別称でありますが、概念としては同じであるといわれ、群島は……地元で呼ばれている名称が尊重されるため、ときに諸島であったり、群島であったり、統一した呼称として定義するのは困難といわれています。」(国土地理院「諸島,群島,列島の違いは何ですか」 )
<資料>NHKスペシャル「沖縄戦 全記録」は2015年6月14日、NHK総合で放送された。単行本やDVDも販売されている。また「沖縄・米軍基地ガイド」としては、矢部浩治『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』(書籍情報社)などがある。
<写真>普天間基地周辺。海兵隊の基地が民家などに取り囲まれている様子がよく分かる。右上にはオスプレイも見える。
普天間基地
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yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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