上野 東京国立博物館

 上野は何度も訪れているが、今回の第一の目的は東京国立博物館(注①)のミュージアムシアターでVR作品「伊能忠敬の日本図」を見ること。
 上野駅の公園口を出ると、最初に博物館へ。写真撮影は、とくに断りがなければ可能(館内の掲示に注意が必要)。多くの外国人も熱心に撮影していた。博物館を出ると、黒田記念館(注②)と寛永寺(注③)へ。前回の、寛永寺への訪問は正月であったため、本堂(根本中堂)に徳川15代将軍の肖像画が掲げられていた。来た道を戻り、不忍池(しのばずのいけ)を通り、上野駅から帰宅する。
 博物館では最初に、ミュージアムシアター(東洋館内)で、VR作品「伊能忠敬の日本図」を見る。この作品は、「東京国立博物館所蔵の『大日本沿海輿地(よち)全図』の高精細VR映像」で、「それまでより格段に精度の高い日本地図を作った伊能忠敬の偉業を解説」。「また伊能忠敬が日本地図をどのように作ったかを、バーチャル空間の中で実際に確かめながら学ぶことができ」る。

<写真>
①上野恩賜公園
⇓東京文化会館、東京の本格的なクラシック音楽のホール
上野20180601
⇓遠くのテントは、フィリピン共和国の独立120周年を祝うイベントのためのもの
上野20180602
⇓大噴水(池)の向こうに東京国立博物館が見える
上野20180603
②東京国立博物館 ※写真撮影は可能、撮影できない作品もあるので掲示に注意
⇓東洋館
上野20180604
⇓東洋館、毘沙門天天立像(びしゃもんてんてんりゅうぞう)。「木造、彩色 平安時代、9世紀 和歌山・道成寺」
上野20180605
⇓東洋館、イニ像浮彫(うきぼり)。「エジプト、サッカーラ出土 石灰石、彩色 古王国時代、前2254~2194年頃」
上野20180607
⇓本館、高村光雲「老猿」
上野20180608
③黒田記念館 ※作品の写真撮影は可能、フラッシュ撮影は厳禁
上野20180609
⇓黒田清輝「読書」。1年に3回、特別室で公開、2015年1月撮影
上野20180610
⇓上島珈琲黒田記念館店
上野20180611
④寛永寺
上野20180612
⑤不忍池
⇓池の中央にある散策路
上野20180613
⇓不忍池(蓮池) 昔から蓮の名所として有名、蓮の見ごろは7月中旬から8月中旬
上野20180614
<注>
①東京国立博物館は1872年(明治5年)に創設された、日本最古の博物館。5つの展示館のうち、今回は本館・平成館・東洋館を訪れる。多くの国宝や重要文化財があり、これらを丁寧に見ていると、一日ではとても時間が足らない。VR作品「伊能忠敬の日本図」のほか、「日本の考古」(平成館考古展示室)と「中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなど美術と工芸、考古遺物」の展示(東洋館)などを鑑賞。なお、「国立」の名称がある博物館は、東京のほか、京都・奈良・九州の4か所。
②黒田記念館は東京国立博物館の「管轄」(2007年より)。原則週6日公開。黒田清輝(くろだせいき)の代表作である「読書」や「湖畔」などの代表作品を鑑賞できる特別室は、「年3回、新年、春、秋に各2週間、公開してい」る。
③寛永寺は天台宗関東総本山の寺院で、徳川将軍家の菩提寺のひとつ(もうひとつは家康の死後に創建された寛永寺)。幕末の上野戦争で主要な伽藍を喪失した。現在は台東区上野桜木にあり、本堂(根本中堂)は川越喜多院の本地堂(講堂)を移築したもの。
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迎賓館赤坂離宮 神宮外苑

迎賓館赤坂離宮から神宮外苑まで散策した。
まずJR中央線四ツ谷駅で下車し、赤坂離宮へ向かう。創建時(1909年)の建造物である正門や本館のほか、前庭・主庭などを見学。事前にネットで予約。和風別館は事前申込で当選した人のみ見学可能(今回は申し込まず)。本館では、「順路に従って、歓迎行事、首脳会談、晩餐会などを行う広間」などを見学。なお、本館内部の写真撮影はできない。(パンフレットより)

赤坂離宮を後にし、東宮御所(赤坂離宮に隣接)、明治記念会館(結婚式場)を経由して神宮外苑へ。外苑では、聖徳(せいとく)記念絵画館を見学ののち(内部の撮影はできない)、いちょう並木、明治神宮野球場、新国立競技場(建設中)、東京体育館を経由して、JR中央線千駄ヶ谷駅から帰途に就く。

<写真>
①迎賓館赤坂離宮
⇓正門。奥には本館がある
赤坂離宮正門20180500
⇓前庭から見た本館(正門側)
赤坂離宮20180502
⇓主庭から見た本館(正門とは反対側)
赤坂離宮20180503
⇓主庭にある噴水
赤坂離宮20180504
⇓赤坂離宮から神宮外苑へ至る道
明治記念館へ至る道20180505
②聖徳記念絵画館
聖徳記念絵画館20180506
③神宮外苑いちょう並木
⇓外苑噴水池から見たいちょう並木
神宮外苑いちょう並木20180507
⇓いちょう並木にあるレストラン
いちょう並木にあるレストラン20180508
④新国立競技場(工事中)
⇓工事が続く新国立競技場
新国立競技場20180509
⇓東京体育館から見た建設中の新国立競技場
新国立競技場20180510

迎賓館赤坂離宮は「かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった場所に10年の歳月をかけて、明治42年(1909年)に東宮御所(皇太子の居所)として建設され」た。「建物は、地上二階、地下一階で、幅125メートル、高さ23.2メートル……。」「日本における唯一のネオバロック様式の西洋風宮殿建築……。」「この建物は、昭和天皇や今上陛下<平成天皇>が一時期お住まいになった以外、東宮御所としてあまり使用されることなく、戦後、……国に移管され、……国会や行政の機関に使用されてい」た。「戦後十数年経って、外国の賓客を国として接遇するための施設の必要性が高まったため、……改修が行われ、昭和49年(1974年)に現在の迎賓館赤坂離宮が完成し」た。「開館以来、世界各国の国王、大統領、首相などの国・公賓がこの迎賓館に宿泊し、歓迎行事を始め首脳会談、要人との会談、晩餐会の開催など、華々しい外交活動の舞台となっている。また……重要な国際会議の会場としても使用されてい」る。(パンフレットより)

「明治神宮外苑は、明治天皇とその皇后……の御聖徳を長く後世に伝えるために、……旧青山練兵所に造成され……奉納された。」この庭園(明治神宮外苑)内に聖徳記念絵画館や陸上競技場、神宮球場などが造成された。聖徳記念絵画館の建物は、大正8年(1919年)に着工され、大正15年(1926年)に竣工。鉄筋コンクリート造2階建。東西の長さ約112m、南北の長さ約34m、中央ドームの頂点の高さ地上約32m。パンフレットの表紙には「近代日本のあけぼの 壁画に見る幕末・明治の歴史」と書かれている。(パンフレットより)

東京ジャーミイ   奥渋谷

 最近よく耳にする「奥渋谷」について調べてみた。「裏渋谷」とか「オクシブ」とも呼ばれている。JR渋谷駅にほど近い東急百貨店本店から神山町(かみやまちょう)と富ヶ谷を通り抜け、小田急小田原線代々木八幡駅までのエリア。渋谷の繁華街から少し離れていて、カフェやベーカリー、雑貨店などの店が点在している。(注①)

 私は5月12日、小田急小田原線代々木上原駅で下車。5分ほど歩くと「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」へ着く(今回で2度目の訪問)。この日は「春のバザール」が開催されており、多くの日本人も訪れていた。「東京ジャーミイ」を後にし、奥渋谷の商店街を通り抜け、JR渋谷駅まで歩く。なお「ジャーミイ」は大規模なモスクのこと。

<写真>
写真は昨年のものも含む。
①東京ジャーミイ・トルコ文化センター 正面玄関
東京ジャーミイ20180501
②東京ジャーミイ・トルコ文化センター 1階多目的ホール
東京ジャーミイ200180502
③東京ジャーミイ・トルコ文化センター 2階礼拝堂
東京ジャーミイ20180503
東京ジャーミイ20180504
東京ジャーミイ20180505
東京ジャーミイ20180506
東京ジャーミイ20180507
④奥渋谷
⇓おしゃれなカフェ・レストランが多い。この店はMONOCLEで、世界的に有名な雑誌「MONOCLE」のアンテナショップ。
東京ジャーミイ20180508
⇓東急百貨店本店。右側(手前)の通りを北に向かって歩くと奥渋谷
東京ジャーミイ20180509

東京ジャーミイ・トルコ文化センターは、「日本で最大級の礼拝堂」だそうだ。建物は、「伝統的なオスマン・トルコ様式」に基づいて建てられている。「<1917年の>ロシア革命を逃れ、日本へ避難してきたカザン州(注②)のトルコの人たちが礼拝所」として建てたのが「東京回教礼拝堂」。その後、「老朽化により1986年に取り壊され2000年に東京ジャーミイ・トルコ文化センターとして生まれ変わり、現在に至ってい」る。

奥渋谷で最も訪ねたかったのが「東京ジャーミイ」(写真①は正面玄関)。1階はトルコ文化センターで、事務所や多目的ホール(写真②)などがある。2階は礼拝堂(写真③)で、「毎週金曜日、イスラーム教徒の人々が集団礼拝のため東京ジャーミイに集い、アッラーに祈りを捧げ」ている(注③)。「イスラーム」(イスラム教、注④)を信仰しない人でも、見学可能。見学するには、まず最初に「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」のホームページを見て欲しい(注⑤)。「5名以下での見学は自由」。私は1階の事務所で許可を得たうえで、礼拝堂の撮影をした。もちろん「礼拝や礼拝に来ている人の撮影は」できない。
 
 世界三大宗教とは、仏教のほか、キリスト教とイスラム教(イスラーム)のこと。イスラム教の信者(ムスリム)の数は16億人を超えているという。ところが、日本に住んでいて、イスラムの文化などに触れることはまずない。私は1974年の夏、マレーシアのクアラルンプールで国立モスクを訪ね、初めて直接イスラム文化に触れた。礼拝を呼びかける「アザーン」(注⑥)はなんとも神秘的であった。私は、イスラムの歴史や文化、宗教に関する本を読んだことがあるとはいえ、詳しく知っているとはとても言い難い。イスラムの歴史や文化などを学ぶことによって、「イスラーム」を正しく理解したい。

<参考>
①「ちくわ。おでかけ情報」の「奥渋谷のおでかけ情報
②「カザン州」は旧ソ連邦時代の州。現在はロシア連邦に属するタタールスタン共和国で、首都がカザン。
③東京ジャーミイ・トルコ文化センター発行の有料パンフレットより。
④ここでは、「イスラム」と「イスラーム」のような、日本での慣用表現と、原語のアラビア語に近い表現との違いをとくに区別しなかった。
               イスラム イスラーム表
⑤東京ジャーミイ・トルコ文化センターの「見学について
⑥アザーンは礼拝への呼びかけ。クルアーン(コーラン)の朗誦ではない。

日本橋 日本銀行本店

東京都中央区にある日本橋周辺を散策した。
JR中央線神田駅で下車。まず日本銀行本店(注①)へ向かう。「重要文化財に指定されている本館の外観、昭和初期に竣工した本店旧館内部の一部、新館(1階営業場)等を解説付きで」見学する。事前に予約が必要。現在、「本館の改修工事のため、……本館内部、中庭、旧地下金庫エリア、旧営業場、史料展示室等については」見学できない(注②)。
 次に、日本銀行本店の南隣りにある貨幣博物館へ。「古代から現代までのさまざまなお金やお金に関する絵画、道具など」が展示されている。随時見学できるが、警備上の理由から所持品検査が実施されている(貨幣博物館のパンフレットより)。展示物に興味が尽きない。
 貨幣博物館を後にし、三井本館(注③)、日本橋三越本店、日本橋を経由して、東証Arrows(注④)へ。東証Arrowsは自由に見学できる。入口で手続きを済ませると、1階にある「東証プラザ証券史料ホール(東証本館1階)に展示してある証券に関する史料」を見学。ついで2階エリアを見学。ここで「東京証券取引所のマーケット部門が売買監理業務を行っているマーケットセンターの様子を見学することができ」る(注⑤)。今回は「見学自由」を利用。「案内付き見学ツアー」は事前の予約が必要。
 東証Arrowsを後にし、コレド日本橋(注⑥)、日本橋タカシマヤ(高島屋日本橋店)を経由してJR東京駅八重洲口(注⑦)へ。ここから帰途に就く。

<写真>
①日本銀行本店本館東門(旧館)
日本橋20180501
②貨幣博物館(日本銀行本店南分館)
日本橋20180502
⇓左奥の建物が日本銀行南分館(2階が貨幣博物館)、右は日本銀行本店
日本橋20180503
③三井本館と日本橋三越本店
⇓左は三井本館、右は日本橋三越本店
日本橋20180504
⇓手前は三井本館、その奥は日本橋三越本店
日本橋20180505
④日本橋
上は首都高速道路、下は日本橋川(神田川の分流)
日本橋20180506
日本橋20180507
日本橋20180508
⑤東証Arrows
日本橋20180509
⇓東証マーケットセンター
日本橋20180510
<注>
注①日本銀行本店…本店には、本館、別館、新館、南分館がある。なお、「旧館」とは本館と別館のこと。現在、本館は工事中のため見学できない。南分館の2階には貨幣博物館がある。
注②日本銀行「本店見学」より
注③三井本館…1929年(昭和4年)に竣工。重要文化財。「地上7階(竣工時は5階)、地下2階のコンクリート造りで、外装にはすべて花崗岩を使用。……三井合名<持ち株会社>をはじめ、三井銀行、旧三井物産、三井鉱山、三井信託銀行など直系各社入居し、本社機能を集中させ」ていたという。現在、三井本館の隣に最新ビルの日本橋三井タワーが並ぶ。(三井広報委員会「三井の歴史にまつわる施設」より)
注④東京Arrows…兜LIVE!「東京証券取引所(東証)の見学ツアーに参加しました!」も参照して欲しい。
注⑤「東証Arrows(とうしょうアローズ)とは、東京証券取引所内にある情報提供スペース。」「投資家への投資情報の提供と、上場企業の情報開示サポートを目的として、2000年(平成12年)5月5日に開設され」、それまでの株券売買立会場は前年の4月に閉鎖された。「東証Arrows見学」(日本取引所グループ)などを参照。
注⑥コレド日本橋は三井ショッピングパークのひとつ。
注⑦八重洲(やえす)は東京都千代田区の地名で、JR東京駅東側の地域。「江戸初期は低湿な半島状の州で、徳川家康に用いられたオランダ人通訳ヤン・ヨーステンの屋敷があったため八代洲(やよす)あるいは八重洲とよばれ」ていた(山川出版社『日本史広辞典』)。「八重洲-地名の由来となった『ヤン・ヨーステン』 」(「ひとりで東京歴史めぐり」)も参照して欲しい。

根津教会 根津神社

1.根津教会
根津教会の「礼拝堂ができたのは1919年(大正8年)。……1910年代の木造西洋館が完全な形で東京に残っているのはとても珍しく、2001年には……国への文化財登録も行」われた。「木造建築が持つ温かさは、そのまま根津教会の信徒たちの特徴でもあり」、「とても家族的な教会」だという(教会のパンフレットより、注①)。

2.根津神社
根津神社は、東京都文京区根津にある神社。「この地は、(もともと)5代将軍綱吉の兄である甲府中納言網重(つなしげ)の屋敷」(注②)。「将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(6代家宣いえのぶ)を養嗣子(ようしし)に定めると、氏神根津神社に屋敷地を献納」。根津神社は「千駄木の旧社地より御遷座した」。1706年に完成した本殿や唐門、楼門など、「全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている」。「境内にある約2000坪のつつじ苑には、約100種3000株のツツジが咲き競」うという(注③)。

<写真>
①根津教会
根津神社20180401C
根津教会20180402
根津教会20180403
②根津神社
根津神社20180404
根津神社20180405
根津神社20180406
根津神社20180407
根津神社20180408
<注>
注①根津教会
注②根津神社(文京区)
注③根津神社の「ご由緒」(根津神社)

プロフィール

yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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