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武蔵御嶽神社(東京都青梅市)

 武蔵御嶽(みたけ)神社は、御岳(みたけ)山の頂上(標高929m)にある。日本政府観光局(JNTO)の調べによると、年間40万人以上の参拝客や登山客があるという。
 この神社の公式ホームページには、次のようなことが記されている。
 「盗難除け・魔除け・豊作の神として広く信仰されてきた武蔵御嶽神社。守り神の『おいぬ様』は、真の姿は日本オオカミであり、江戸の昔から関東各地で信仰されてきました。神社では、古くからの伝統を受け継ぐ御師(おし)(注①)達が、参詣と修行の場を守っています。」
 創建は古く、すでに平安時代には「関東の霊山として信仰されて」いたという。「慶長11年(1606)、家康の命により……社殿を改築。南向きだった社殿が江戸の『西の護り』として東向きに改められました。」「江戸時代中期になると、庶民の『社寺詣で』が盛んになりました。御師(おし)の布教によって講(注②)が組織され、御嶽信仰が武蔵・相模を中心に関東一円に拡がっていきました。」(武蔵御嶽神社のHPより)

<写真>
⇓武蔵御嶽神社参道。右にケーブルカーからの参道がある、下には麓から登る参道がある
武蔵御嶽神社2019082001
⇓御岳ビジターセンター入口
武蔵御嶽神社2019082002
武蔵御嶽神社2019082003
⇓石段が続く。およそ300段ある。
武蔵御嶽神社2019082004
⇓武蔵御嶽神社(拝殿)。神社は山頂(標高929m)にある
武蔵御嶽神社2019082005
⇓大口真神社(おおぐちまがみしゃ)。両側に「おいぬ様」、真の姿は日本オオカミ。拝殿・本殿の裏にある
武蔵御嶽神社2018082006
⇓多摩川渓谷(御岳橋より)
多摩川御岳橋付近2018082007
⇓御岳橋より
 スギを伐採した後に花粉の少ないスギに植え替えている。従来のスギよりも花粉が99%削減されるという(東京都産業労働局)。
多摩川御岳橋付近2018082008

 ところで、山の名は御岳山(みたけさん)であるのに神社名は武蔵御嶽神社(みたけじんじゃ)と、「たけ」の文字に異なる漢字(岳と嶽)を用いている(読みは同じ)。ふつう「岳」は「嶽」を簡略にした漢字であるとされるが、武蔵御嶽神社のホームページには、この違いを次のように説明している。
 「『御嶽』は尊く高く大きい山という意味で、もともと奈良県吉野の金峰山(きんぷせん)のことを指しましたが、次第に各地の霊山の総称となりました。今日、各地に『御嶽』という地名があるのはそのためです。」「また『岳』は山が連なりそびえる様を示す字であるのに対し、『嶽』はごつごつと尖った峰が並んで高くそびえる様を示す字として使い分けられています。」(武蔵御嶽神社のHPより)
 なお、長野県木曽郡にある山は御嶽山(おんたけさん)。読み方はいろいろだが、「御嶽山」または「御岳山」の名前をもつ山は全国にたくさんある(Wikipedid「御嶽山(曖昧さ回避)」より)。

 武蔵御嶽神社へはふつう次のように行く。JR青梅線御嶽(みたけ)駅からバスでケーブルカーのある滝本駅まで行き(10分)、御岳山駅で下車(6分)。ここから御嶽神社までは徒歩25分。道はよく整備されているが、途中から傾斜がきつくなり、石の階段も長く続く。ゆっくり休みながら歩くと25分では行けない。神社の拝殿から少し戻ると、「奥の院」その他へ行くハイキングコースがある。この日は帰宅時間を考えて、長尾平とレンゲショウマ(蓮華升麻)群生地を訪れるだけにした。レンゲショウマは8月下旬ころが満開という。

<注>
①御師(おし)……「特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のこと……。特に伊勢神宮のものは「おんし」と呼んだ。」(Wikipedia「御師」より)
②講(こう)……同一の信仰を持つ人々によってつくられた結社。各地に神社や寺院へ参拝する講がつくられた(Wikipedia「講」より)。
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郷土の森「あじさいまつり」(東京都府中市)

 郷土の森博物館は「野外」博物館(フィールド・ミュージアム)で、敷地面積は14haもある。梅の名所で、約60種類、1100本もの梅の木が見られる。私も毎年1回、「梅まつり」へ行っている。今回初めて、「郷土の森あじさいまつり」へ行ってきた。園内には「江戸中期から昭和初期の建築物を移築復元して保存して」あるので、あじさいと復元建物を同時に楽しめる。
(注)府中市郷土の森博物館のリーフレット、Wikipediaを参照した。
(写真)
⇓建物は「旧府中町役場」
郷土の森2019062601
郷土の森2019062602
⇓旧府中郵便取扱所(奥の建物)
郷土の森2019062603
⇓(左)旧島田家住宅、(右奥)旧田中家住宅の土蔵
郷土の森2019062604
⇓「ハケの茶屋」付近(ハケ=段丘崖)
郷土の森2019062605
⇓旧三岡家長屋門
郷土の森2019062606
⇓「やすらぎの池」近く
郷土の森2019062607
郷土の森2019062608
郷土の森2019062609
⇓「ハケ」の下から「ハケ」の上を望む(ハケ=段丘崖)
郷土の森2019062610

「平成は『敗北』の時代だった」①財政赤字

1.神代植物公園(東京都調布市)
 神代(じんだい)植物公園は春になると、さまざまな花が咲く。今回はツツジのほか、ボタン・シャクナゲなどを見ることができた。新緑の木々もすがすがしい。ハナミズキの花は、まだ咲き始めたばかり(少し咲くのが遅いようだ)。5月下旬になるとバラが盛りになる。このバラとならんで「ツツジはこの公園のシンボル」。「280種、12000株という規模は他に例のないものです」という(東京都公園協会HP~神代植物公園より)。
<写真>
⇓神代植物公園正門(左下)
神代植物公園2019042801
⇓ガーデンビューロー付近
神代植物公園2019042802
⇓バラ園を出て深大寺門へ向かう
神代植物公園2019042803
⇓ツツジ
神代植物公園2019042804
神代植物公園2019042805
神代植物公園2019042806
神代植物公園2019042807
⇓深大寺門を出て深大寺へ向かう
神代植物公園2019042808
⇓深大寺山門近く
神代植物公園2019042809
⇓山門近くの鬼太郎茶屋
神代植物公園2018042810
2.「平成は『敗北』の時代だった」①財政赤字
 以下は私の読書「感想文」です。
 1989(昭和64)年1月7日、昭和天皇が崩御。翌1月8日、改元され「平成」となった。以来、2019年の4月まで30年あまりの年月を経た。平成の30年間を「失われた時代」だと言われることもあるが、はたして本当はどうなのだろうか。そして、そもそも日本に何があったのだろうか。

 平成時代は、なによりも「平和が成った時代」であった。しかし、巨大地震や原発事故など災害が続発した時代でもあった。昭和末期に始まったバブル経済が1991年(平成3年)ころに崩壊。地価や株価が下がって巨額の不良債権が生じ、山一證券は自主廃業し、北海道拓殖銀行などは倒産した。社会のあり様も変わった。少子高齢化や核家族化などが進み、介護・小児虐待などの問題が顕現化した。正規社員の労働時間は、けっして短縮していない。非正規雇用が拡大し、経済格差や子どもの貧困がいちじるしくなった。「男女共同参画社会」もじゅうぶんに進展したとは言えない。2018年には、特殊詐欺の被害総額が356.8億円にものぼった(警察庁)。悲観的なことばかり列挙するのは不本意だが、それでも平成時代は何よりも平和な時代であった。

 1989年11月にベルリンの壁が崩壊。2年後の1991年12月にはソ連邦も崩壊し、冷戦は終了した。しかし、米中の経済・軍事上の対立は今後、極東アジアの安全保障に少なからず影響を与えるに違いない。経済面では、日本の「停滞」が続く間に、アジアの「躍進」がいちじるしく、国際経済の中心はアジア太平洋地域に移った。こうして、国際政治・国際経済の情勢は大きく変化した。

 では、平成の30年間に日本経済はどのように変化したのであろうか。私自身から最も遠い存在の「財界人」に日本経済の30年間を振り返ってもらうことにする。

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 京王フローラルガーデン(東京都調布市)

 京王相模原線「京王多摩川駅」のすぐそばにある「京王フローラルガーデン アンジェ」を散策した。
「心地よい自然にあふれた欧風庭園」という気持ちを込めて「アンジェ」と名付けたという。「3月中旬から5月上旬にかけて白、ピンク、紫、黄の見応えある花」マグノリア(モクレンとコブシなどの総称)が順々に開花する。「また、マグノリアの足元には『五感で楽しむ庭』をテーマにエリアごとに様々な植物が植栽されてい」る。
 このガーデンのリーフレットによると、以下のようなマグノリア(モクレン属)が見られるという。クリーム色の「サヨナラ」、淡い黄色の「エリザベス」、紫の「アレキサンドリア」など。いずれも交配を重ねた園芸品種だという(家庭画報の「花の名所」などより)。
<写真>
京王フローラルガーデン2019041401
京王フローラルガーデン2019041402
京王フローラルガーデン2019041403
京王フローラルガーデン2019041404
京王フローラルガーデン2019041405
京王フローラルガーデン2019041406
⇓ユキヤナギのほか、たくさんの植物がみられる
京王フローラルガーデン2019041407

「蒼氓の大地」 ②「群馬県大泉町の悲鳴」

<写真>
1.春を見つける
①京王百草(もぐさ)園(東京都日野市)
百草園2018013001
百草園2018013002
百草園2018013003
⇓日本スイセン
百草園2018013004
百草園2018013005
②郷土の森博物館(東京都府中市)
郷土の森2018013006
郷土の森2018013007
郷土の森2018013008
郷土の森2018013009
2.「蒼氓の大地」②「群馬県大泉町の悲鳴」
 以下は、高橋幸春「外国人比率トップ群馬県大泉町の悲鳴」(資料①)からの引用。
 群馬県大泉町(おおいずみまち)は、「国内有数の外国人比率を誇る“移民の町”である。人口約4万1800人のうち、約7500人が外国人で、約18%を占める。」(2018年8月現在、注①)
 「大泉町にブラジル人が住むようになったきっかけは、1990年6月、出入国管理法(入管法)の改正だ。これにより、日系人は3世まで日本国内でどんな仕事にも就労できる定住査証が発給されるようになった。」2018年「8月末現在では4221人(のブラジル人)が住んでいる。また大泉町はブラジル人だけではなく、44か国の外国人が住んでいる。972人のペルー人にネパール人706人、フィリピン人260人と続く。」
 2018年12月には、「政府はさらなる外国人労働力の受け入れ拡大に舵を切った。法務省はこれまで3世までに限定していた就労可能な査証を条件付きで日系4世にまで拡大する」ことにした(改正出入国管理法)。これまで「大泉町の日系ブラジル人は貴重な労働力として町を支えてきた。一方で、日系人と日本人住民との間で多くの軋轢も生んできた。」大泉町住民の不満は「風紀の乱れ」や「犯罪への不安感」ばかりだけではない。

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