木場 忍ぶ川

「木場」(きば)とは、貯木場(ちょぼくじょう)のこと。陸上貯木場と水中貯木場とがある。「木場」の文字がつく地名は全国各地にあるが、隅田川の河口近くにつくられた「木場」は江戸深川にあった(江戸時代はこのあたりが海岸線)。紀州など地方から大量の丸太がここに運ばれてきた。明治に入り埋め立てが進むと、木場は「内陸」化。昭和44(1969)年、荒川の河口付近に移転してできたのが、現在の新木場(東京都江東区、位置は地図参照)。それまであった木場の貯木場は埋め立てられ、都立木場公園となった(位置は地図参照)。その後、木材の陸送が盛んになったこと、丸太での輸入が減少したこと(製品形態での輸入が増加したこと)などにより、水中貯木場の数が減少した。JR京葉線新木場駅近くの新木場には今も貯木場があるが、ほとんど利用されていない(写真は新木場第二貯木場)。ただ、周辺には現在も材木商や木材加工工場などが多く存在する。ところで「木場」と言えば、私は映画『忍ぶ川』(1972年)を思い出す。原作は三浦哲郎の小説『忍ぶ川』、熊井啓監督、加藤剛、栗原小巻出演。小説の初めに、深川、洲崎、東陽町、木場などの地名がでてくる。映画でも、主人公の「私」の兄が働く「木場」の場面がある。「日付のない便り」というブログには、「…今も、どこかに志乃という女性が懸命に生きている気がするのだが。」と書かれていた(「忍ぶ川 栗原小巻または志乃」)。※志乃は、「忍ぶ川」という料亭で働く娘(栗原小巻)。東京都江東区地図
新木場第二貯木場
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フォトムービー

フォトムービー(以下ムービー)を作り始めてもう4年経つ。私がムービーを作成するにあたって、とくに注意していることは次の通り。ただこれは個人的な考えにすぎない。
①伝えたい(または見せたい)テーマをはっきりさせる。
②できるだけ再生時間を短くする。例えば3分から、長くても10分くらい。自分で見るだけなら、時間をあまり意識する必要はない。ただ第三者が見ることを想定する場合は、できるだけ短くする。長くなる場合は、テーマを2つかそれ以上に分ける。
③不特定多数の第三者に公開する場合、とくにYouTubeにアップロードする場合、肖像権や著作権にじゅうぶん配慮する。人物の取り扱いに注意し、自分の個人情報も公開しない。
④エフェクトなどの効果は必要最小限にする。
⑤ムービーのイメージにあった音楽が決まったら、その音楽を聴きながら、ムービーを編集する。ムービーだけでなく、音楽も楽しみたい。

補足:ムービーの音楽と著作権
ムービーをYouTubeに公開する場合、原則として市販CDの音楽を利用することはできない。著作権などの問題があるから。しかし、YouTubeに用意されている音楽(著作権の問題がない無料の音楽と効果音)を利用することはできる。これらの音楽は、YouTubeの「オーディオライブラリ」にある。「プロジェクトに使える無料の音楽を検索し、ダウンロードできます」と書かれている。この「オーディオライブラリ」にある音楽は、YouTubeにログインしてから利用する。(左上の)トースト(短い横三本線のこと)→(すぐその下の)マイチャンネル→(最上段の)動画の管理→(左側下の)作成→(すぐその下の)オーディオライブラリと、順にクリックする。オーディオライブラリの最上段にあるジャンルや長さを上手に活用するとよい。また、「音楽を検索」の欄を利用して好みの音楽を探すことができる。なお「著作権フリー音楽素材」は、Sound Label、OTOTUka、DOVA-SYNDROMEやSHWなど、ネットを探せばまだいくつかある。
補足2
「『恋ダンス』動画 なぜ消えた」「無料どこまで 音楽業界模索」(朝日新聞2017年9月21日朝刊)より引用し補足する。
「ユーチューブを運営するグーグルによると、第三者の音楽や動画投稿で著作権上問題があれば、レコード会社など作品の権利者に自動通知し『投稿をブロックする』か『動画に広告を表示させて収益化する』か選べるシステムがあり、現在主要レコード会社の95%以上は収益化を選び、コンテンツを残しているという。」

金木・函館への旅

2006年2月下旬、青森県五所川原市金木町と北海道函館市などを訪れた。そのときの写真をもとにフォト・ムービー「金木・函館への旅」を作成した。
①金木
若いころ、太宰治の小説『津軽』を読んで、津軽半島を旅したことがあった(このときは金木に立ち寄らず)。旧国鉄時代の青森駅から津軽線に乗車。通学する男女高校生の、津軽弁の会話におもわず微笑んだ。終点の三厩駅(みんまやえき)で下車。小説に書かれているように、ここから津軽半島の北端、龍飛崎(たっぴざき)まで歩く。岬の高台から津軽海峡を挟んで遠く松前半島(渡島半島の南西端)を望むことができた。当時はまだ、青函トンネルは工事中であった。その後金木町にある、太宰治の生家、現「斜陽館」を2度訪れた。最初に訪れたときは、太宰治記念館を併設した旅館であった(町内の旅館経営者が太宰の生家を買収)。この宿で一晩泊まった。※太宰治は昭和14(1939)年から東京府北多摩郡三鷹村(現東京都三鷹市)に住み、昭和23(1948)年に亡くなった。この三鷹市に「太宰治文学サロン」があり、貴重な資料を公開している。
②函館
1854(安政元)年、幕府は日米和親条約を締結し、箱館と下田を開港。ついで1859(安政6)年、前年に締結した日米修好通商条約により、箱館は長崎・横浜などとともに対外貿易港として開港。(明治にはいり、箱館を函館と改称。)このため市内にはハリストス正教会(ロシア正教)、旧イギリス領事館、旧ロシア領事館など洋風建築がたくさんあり、いまも異国情緒豊かな街並みを残している。さらに赤レンガ倉庫群、五稜郭など、市内には見どころが多い。なお、市の南西にある函館山(標高334m)は典型的な陸繋島(りくけいとう)で、山頂展望台からこの地形を確認することができる。函館市の中心街は、陸地と島(函館山)を結ぶ陸繋砂州(トンボロ)の上にある。※正教会の「ハリストス」は、「キリスト」のギリシャ語またはロシア語読み。

逗子・葉山

逗子市の逗子海岸、葉山町の森戸海岸・大浜海岸・長者ケ崎(ちょうじゃがさき)海岸と、北から南へ順に、海岸に沿って散策した。JR横須賀線の逗子駅で降り、歩いて披露山(ひろやま)公園へ向かう。逗子駅からバスで披露山公園入口まで行ってもよい。標高はおよそ93m。山頂の展望台から、江の島、富士山がよく見える。江の島が陸と繋がっている様子がよく分かる(写真上)。ここから浪子不動(なみこふどう)ハイキングコースを歩く。急坂を下るうえに人もほとんど歩いていない。高陽寺(こうようじ)のお堂に着くと、逗子海岸が目の前にひろがる。ここは、徳富蘆花の小説『不如帰(ほととぎす)』の舞台となったところで、ヒロインの片岡浪子の名前から浪子不動とも呼ばれるようになったらしい。2枚目の写真はこの逗子海岸で撮ったもの。海岸の南端近くの渚橋からいよいよ葉山方面へ向かう。しばらく海岸から離れるので、バスで行ってもよい。三ケ丘(さんけおか)バス停で降りると、葉山しおさい公園。ここから葉山御用邸、県立葉山公園のある大浜海岸を過ぎると、最終目的地の長者ケ崎海岸へ至る。葉山公園は夕日が美しいらしいが、今回は見ることができなかった。
↓披露山公園より
披露山公園より
↓逗子海岸
葉山海岸

江の島

江の島は、砂州によって陸続きになった島で、その地形を地理用語で陸繋島(りくけいとう)とよぶ。江の島へは小田急江ノ島線、湘南モノレール、江ノ島電鉄などに乗れば行ける。私は通常、JR横須賀線の鎌倉駅で江ノ島電鉄に乗り換え、江ノ島駅で下車、そこから歩いて江の島へ向かう。江ノ電の沿線には訪れるところが多い。長谷駅から北へ向かえば長谷寺や大仏で有名な高徳院へ、南へ向かえば由比ガ浜。極楽寺駅では極楽寺や成就院など。稲村ケ崎駅から少し歩けば稲村ヶ崎公園へ行ける。ここから江の島がよく見える。もちろん由比ガ浜から江の島まですべて歩くのもよい。江ノ島駅から片瀬海岸、弁天橋を渡り、江島神社へ向かう(「江の島」神社とは書かない)。多くの店が立ち並ぶ参道はいつも観光客で賑わっている。頂上付近にはサムエル・コッキング苑があり、展望塔台からは遠くを一望できる(貿易商のサムエル・コッキングが明治時代にここに庭園を築いた)。さらに海食洞窟のある岩屋へ行くのもよい。その途中にある稚児ケ淵(ちごがふち)からは海越しに富士山を望むことができる。写真はその稚児ケ淵から撮った1枚。海食崖(かいしょくがい)の下にできた平坦地(=海食台、写真下)や、富士山の裾野(写真左上)が見えている。※江の島それとも江ノ島?「えのしま」の住所表記は、1966年に藤沢市が「江の島」に統一したが、上の文ではそれぞれの会社の表記にしたがった。なお、海食台は波食台、海食棚ともいう。
江の島稚児ヶ淵

鎌倉由比ガ浜

由比ガ浜は、鎌倉市南部の相模湾に面した海岸。JR鎌倉駅からバスに乗っても行けるが、なにもよりも歩いて行くのが良い。駅から歩いても25分程度。しかも鎌倉の町の雰囲気を味わうことができる。伊勢正三の「湘南 夏」という曲の歌詞にもあるように、海岸へでると、なぜか気分が落ち着く。この歌は次のような歌詞で始まる。「湘南へ帰る人たちの/顔がとてもやさしい/少し心が落ち着いた/鎌倉過ぎたあたり…」写真はその鎌倉の由比ガ浜で撮った1枚。駅から、海岸とは反対の北に向かうと鎌倉八幡宮。八幡宮へは若宮大路か小町通りを歩く。若宮大路は鎌倉八幡宮の参道。小町通りはショッピングとグルメのメインストリート。鎌倉から江の島方面か逗子・葉山に足を延ばすのもよい。※「湘南」の定義は明確ではないが、ふつう神奈川県の相模湾沿岸を指す。県の行政上の区域では、鎌倉・逗子・葉山は湘南に含まれず、横須賀三浦となっている。
鎌倉由比ガ浜

長崎 歴史の旅

2015年春、福岡・長崎・熊本・鹿児島と、旅をした。ここ数年、おもに幕末から太平洋戦争までの歴史の本を読んできた。とりわけ幕末・明治維新の歴史を再考するよいきっかけとなった。フォト・ムービー「長崎 歴史の旅」は、以前作成した「九州 歴史の旅」を大幅に短縮し、長崎に焦点をあてたもの。旅をしたころ、吉村昭著『ふぉん・しいほるとの娘』を読んでいた。そこで、シーボルトが住み通った出島と鳴滝塾などの跡地を訪問。出島の跡地は現在、国指定史跡「出島阿蘭陀商館跡」になっている。また、鳴滝塾の跡地にはシーボルトの胸像があり、その隣地に「シーボルト記念館」がある。記念館の常設展示室は、 シーボルトの生涯が紹介されていて興味深い。なお、著者の吉村昭(1927年~2006年)は記録文学や歴史文学の長編作品を多数発表。なにより現場・証言・史料を丹念に取材し、できるだけ史実に忠実であろうとした。吉村昭の作品のなかでは、『赤い人』、『生麦事件』、『桜田門外ノ変』などが私のお気に入り。

プロフィール

yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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