礼文島 桃岩展望台ハイキング

礼文島は、日本最北の有人島で、「冷涼な気候により海抜0メートル地帯から200種類以上の高山植物が咲き乱れているため、別名花の浮島」と呼ばれている(Wikipediaより)。1974年夏、稚内港からフェリーに乗り、礼文島へ(写真①は2014年7月に撮影)。当時の写真もメモもなく、今となっては記憶も薄れがち。宿泊した場所もあいまい。泊まったのはユースホステルだったかもしれない。ただ宿泊先から歩いて山を登り、利尻島を見に行ったことはよく覚えている。今回(2014年7月)はフェリーターミナルのある香深(かふか)からバスで桃岩登山口まで行き、ここから桃岩展望台へ歩く。桃岩や猫岩がよく見える。少し歩くと利尻島が見える場所へ着く。今回は残念ながら、利尻山(利尻富士)の頂上に少し雲がかかっていた(写真②)。前回は、雲のかからない利尻山がまるで海に浮かぶかのように見えた。北海道でもっとも感動したのが、ここ礼文島桃岩展望台近くから見た利尻山。展望台から元地(もとち)灯台を経て下山(写真③)。さらに歩いて「北のカナリアパーク」へ(写真④)。ここからバスに乗り、香深へ戻る。桃岩展望台ハイキングコースは全長約6キロ、3時間を要する。起点の桃岩登山口までと、終点の知床にバス停があるのでとても便利(ただ運行時間は事前に確認が必要)。ハイキングコースは大部分がなだらかな草原(お花畑)。バス停のある桃岩登山口から桃岩展望台まで約1.3キロメートル歩くだけで、雄大な景色と高山植物を見ることができる(知床へは行かず、桃岩登山口に戻ってもよい)。定期観光バスを利用すれば半日で礼文島のおもな観光地をめぐることもできる。とくに澄海岬(すかいみさき)の海食崖はみごと(写真⑤)。

<参考1>礼文島郷土資料館
礼文島郷土資料館(冬期休館)…香深港の近くにある礼文町町民活動総合センター内にある。フェリーの待ち時間などに是非立ち寄りたい。とくに「ニシン漁に関した展示、礼文島の風景写真など」が見もの(「たびらい北海道」より)。
<参考2>桃岩展望台ハイキングコース
礼文島トレイルオフィシャルウェブ
礼文島を歩こう
礼文島自然ガイド

<写真①>「海に浮かぶ」利尻山(稚内港~香深港)写真は2014年
海に浮かぶ利尻山(稚内港~香深港)
<写真②>桃岩展望台近くから見た利尻山
桃岩展望台近くからみた利尻山
<写真③>桃岩~知床ハイキングコース
桃岩展望台ハイキングコース
<写真④>「北のカナリアパーク」から見た利尻山
北のカナリアパークから見た利尻山
<写真⑤>澄海岬(すかいみさき)の海食崖
澄海岬の海食崖
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稚内市 ノシャップ岬

稚内は2度訪れたことがある。最初は1973年夏、国鉄宗谷本線で稚内駅へ。2度目は2014年7月、稚内空港から市内へ。2014年、JR稚内駅前バスターミナルから路線バスに乗って宗谷岬へ行く。次にノシャップ岬(写真①)にある恵山泊(えざんどまり)漁港公園へ。「ここから見る夕日はすばらしい」とガイドブック(実業之日本社『てくてく歩き北海道』)に書いてあったが、見られず。代わりに夕日を見ようと集まった人々を撮る(写真②③)。翌日、稚内公園へ。公園内にある開基百年記念塔からはサロベツ原野や、利尻島・礼文島などを望むことができる(写真④)。次に、ガイドブックには記されていないが、旧瀬戸邸(稚内市中央4丁目)を訪れる。Webサイトには次のように説明されていた。「昭和20年~40年代。稚内のまちは、底曳網漁の前線基地として、国内各地から人が集まり、活気に満ちあふれていました。そのさなかの昭和27年、『旧瀬戸邸』は、瀬戸常蔵という底曳きの親方の住宅として建てられました。建物の外観は、明治期から大正期に見られる旅館建築を彷彿とさせます。……戦後まもない昭和の建築物を保存するとともに、稚内の漁業の歴史を伝えていきます。」

稚内市は、市としては日本最北にあり、旭川市以北では最大の都市。「日本最北端の駅」であるJR稚内駅があり、駅前には宗谷岬・ノシャップ岬へ行くバスターミナルもある。また近くの稚内港フェリーターミナルから利尻島や礼文島へ行くこともできる。駅前バスターミナルから「日本最北端の村」である猿払村(さるふつむら)へ行く。オホーツク海に面した道の駅「猿払公園」内にある「いさりの碑」には、次のような文言が刻まれている。
「……猿払の海を拓いた多くの先人の苦労と偉業を偲び其の意志を我々も子孫もうけつぎそして実践することを肝に銘じ、今此の碑を建てる。
人間は神々と力を競うべきでない。
人間は自然の摂理に従うべきだ。
昭和56年11月22日
猿払村漁業協同組合」
……改めて北海道の、開拓の歴史を思う。
<注>ノシャップ岬(野寒布岬)は稚内市に、ノサップ岬(納沙布岬)は根室市にある。なお、ノサップ岬は離島・北方領土を含まない本土の最東端。

<写真①>稚内半島。右端がノシャップ岬。手前は宗谷湾。
ノシャップ岬
<写真②③>恵山泊(えざんどまり)漁港公園にて
恵山泊漁港公園にて
恵山泊漁港公園にて②
<写真④>開基百年記念塔から見た利尻島
稚内公園から見た利尻山

The Seasons

フォトムービー「The Seasons」は、2013年11月から2014年10月までの1年間に撮影した写真をもとに作成(2014年)。2017年7月に再編集。いわゆる絶景スポットでの写真は1枚もなく、できるだけ身近な自然や風景を撮影(写真①②)。おもな撮影地(順不同)は、国立昭和記念公園(立川市)、都立小金井公園(小金井市)、都立武蔵国分寺公園(国分寺市)、都立神代植物公園(調布市)、郷土の森博物館(府中市)、北山公園(東村山市)、深大寺(調布市)などで、鎌倉市を除けばすべて東京都多摩地区。なお、フォトムービー「The Seasons」の次に作成したのが「The Seasons2」で、2017年2月9日にアップ済み。

写真①都立武蔵国分寺公園
武蔵国分寺公園
写真②国立昭和記念公園(水鳥の池)
昭和記念公園(水鳥の池)

松山市 松山城 現存12天守

1.松山城
松山市は伊予松山藩15万石の旧城下町。JR予讃線松山駅から東にむかって歩くと、城山公園(堀之内地区西堀端)に着く。この堀之内に愛媛県美術館、松山市民会館、県立図書館、NHK松山放送局があるが、大部分は市民が憩う広場。ここからさらに東へ向かい、愛媛県庁を過ぎると、やがて伊予鉄道(路面電車)大街道駅へ。この駅の周辺にはカフェが多く、ここで一休み。駅から北へしばらく歩くと、松山城ロープウェイ・リフト駅。松山城の天守がある本丸広場へは、このロープウェイかリフトを利用する。歩いて登ることもできる。標高132mの城山(勝山)山頂に天守がある(現存12天守のひとつ)。この天守の最上階からは、松山市内や瀬戸内海が一望できる。なお、道後温泉へ行くには、大街道駅に戻り路面電車を利用する。

2.現存12天守
城はおもに戦いのための防御を目的にした砦だが、天守はその城の建造物のひとつ。城には天守が無いこともある。たとえば江戸城の天守は明暦の大火(明暦3年=1657年)で焼失し、その後再建されなかった。「天守」を「天守閣」と言うこともあるが、「天守」は日本の建築学の学術用語。「天守閣」という言い方は、「幕末以降に使われ始めた俗称」(「日本のお城 基礎知識」より)。江戸時代末期に日本全国の名所を描いた浮世絵「『名所図会』の影響によって庶民の間で『天守閣』という名称が流行し、明治以降に一般化した」という(My知恵袋、asphalt-felt)。「明治以降まで残った天守は全国で19あったが、戦災で6、戦後の火災で1(北海道福山城)が失われ、現存する天守は……12城である」(山川出版社『図説歴史散歩事典』)なお、現存12天守が存在する城は以下の通り(地方別)。
東北地方(1)…弘前城(青森県)★
中部地方(2)…松本城(長野県)●★、犬山城(愛知県)●
近畿地方(3)…丸岡城(福井県)、彦根城(滋賀県)●★、姫路城(兵庫県)●★
中国地方(2)…松江城(島根県)●★、備中松山城(岡山県、別名高梁城たかはしじょう)
四国地方(4)…丸亀城(香川県)、松山城(愛媛県)★、宇和島城(愛媛県)★、高知城(高知県)★
<注記>●印は国宝に、無印は重要文化財にそれぞれ指定されている。★印は私がこれまでに訪れたことのある城。なお、「行ってよかった!日本の城ランキング2016」(トリップアドバイザー)による順位は以下の通り。1位姫路城、2位松本城、3位熊本城、4位犬山城、5位二条城、6位松山城、7位備中松山城(高梁城)、8位松江城、9位彦根城、10位中城城(なかぐすくじょう)跡(沖縄県)。

<参考>
日本のお城 基礎知識
My知恵袋(天守と天守閣って同じ意味…)asphalt-feltさん」

<写真>
本丸広場から見た松山城天守(2017年4月撮影)
松山城天守と本丸広場

プロフィール

yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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