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自由が丘で考える

 自由が丘は、東京都目黒区にある。東急東横線と東急大井線が交差する自由が丘駅を中心に広大な住宅地が広がっている。街を歩くと、横文字や石畳の通りが目立ち、おしゃれな店が多い。多くの店が専門店で、駅周辺にはデパートや大規模ショッピングモールなどはない。
 個人商店がいくつか集まり、ひとつの個性あるエリアを形成しているところもある。「イタリア・ベネチアのようなゴンドラが置かれた人気撮影スポットがあり、フランスのファッション誌と連携して『マリクレールストリート』と名づけた通りが南口に延びていたり。石畳のエリアもある。イメージは欧州の都市だ」という(注①)。
 駅の「改札を出ると、インテリア雑貨や洋服、ペット用品の店から、トマトジュース、ポテトサラダの専門店まで、一つひとつの面積は小さいけれどオシャレで個性あふれる店が並ぶ。」「扱う種類がこれだけ多いと、この街で買えない物、食べられない料理はないのではないか……。」(注①)

「自由が丘には12の商店街があり、その商店街が団結してして、単一組織の商店振興組合を」結成している。「現在では会員1300軒に迫る、国内最大級の商店街組織として、自由が丘の魅力づくり、会員店舗の繁栄のために活動してい」る(注②)。活気ある街は、この振興組合の努力によるものと思われる。
 しかし、問題はなくはない。駅周辺の道路が狭いこともそのひとつ。バスや車が通ると、人はこれらの車を避けるのが大変だ。駅周辺道路の拡幅に「地元商店街の反対が強い」という(注③)。これは歩行者の通行を優先したいためだろう。だが、歩行者の安全も確保する必要はある。
 自由が丘商店街は「大規模ショッピングモールとは対極にあるのかもしれない。1カ所で用事を済ませるのではなく、あちこちに寄って楽しむのが、この街の魅力だ」(注①)。

<写真>
①ラ・ヴィータ自由が丘。ゴンドラのある人気撮影スポット
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自由が丘2019022402
自由が丘2019022403
②九品仏川緑道(くほんぶつがわりょくどう)。多くのカフェやショップがあり、桜の名所でもある
自由が丘2019022404
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⇓高架の駅は東急東横線自由が丘駅
自由が丘2019022406
③石畳のある街。路地裏にも石畳が見られる
自由が丘2019022407

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渡良瀬遊水地

 「渡良瀬遊水地は、栃木・群馬・埼玉・茨城の4県の県境にまたがる面積33㎢(東京ドームの約700倍)の日本最大の遊水地(注①)……。」総貯水容量は「約2億㎡(中禅寺湖の約半分の容量)」だという。
 「明治23年(1890)の洪水以後、渡良瀬川沿岸は、足尾銅山の鉱毒被害を受け、大きな社会問題とな」った。「鉱毒防止対策と利根川・渡良瀬川の治水を目的に、谷中村(やなかむら)を移転し、明治43年(1910)から大正11年(1922)にかけて(群馬県下都賀郡しもつがぐん)藤岡町(現、栃木市藤岡町)の台地を開削して渡良瀬川を赤麻沼に流し、思川(おもいがわ)・巴波川(うずまがわ)の改修も行って」渡良瀬遊水地が築造された。「現在のハート型の谷中湖(渡良瀬遊水池)は平成2年(1990)渡良瀬遊水池総合開発事業によって建設したもので、洪水調節だけでなく、首都圏への都市用水の役割も果たしてい」る。
 「しかし、かつてここには、日本の公害闘争の原点といわれる足尾銅山鉱毒事件の犠牲となった、谷中村廃村の歴史が刻み込まれてい」る。「村の存続をめぐって、命をかけて闘い続けた田中正造(注②)翁(おう)の遺徳がしのばれ」る。
 現在は、「見渡す限りヨシ(葦)などが生い茂り、貴重な動植物が数多く生育、生息し自然の宝庫となっていることから、渡良瀬遊水地」は平成24年(2012)、ラムサール条約(水鳥湿地保全条約)の登録湿地となった。(以上、資料①からの要約)

<写真>
⇓中央に思い出橋、その背後に谷中湖(北ブロック)が見える(湖を3つのブロックに分けたひとつ)
 東武日光線板倉東洋大前駅から思い出橋を経て谷中湖へ。この日はレンタサイクルを利用できない日であったので、徒歩で遊水池周辺を散策
渡良瀬遊水地2019021901
⇓谷中湖北橋から「谷中ブロック」方面を見る
渡良瀬遊水地2019021902
⇓左側、谷中湖「南ブロック」
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⇓谷中湖西橋付近から「北ブロック」を見る
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⇓谷中湖中之島から見た谷中湖
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⇓ウォッチングタワーから北(第1調節池)を見る。広大な湿地(調節池)が広がる。遠くに栃木県の山々が見える
渡良瀬遊水地2019021906
⇓ヨシ原浄化施設付近から栃木県の山々を望む。男体山などが見える
 帰りは、谷中湖の中之島を経て東武日光線柳生駅から帰途につく
渡良瀬遊水地2019021907

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吾妻山公園(神奈川県二宮町)

 神奈川県二宮町にある吾妻山(あずまやま)公園を訪れた。
 JR東海道線二宮駅を降りて数分で登山口(役場口)に至る。ここから20分ほど歩くと山頂(136.2m)。山頂には吾妻山公園があり、菜の花が満開であった。この公園の「中央にある小高い展望台からは、周囲360度の眺望を楽しむことができ、富士山の裾野まで望める。北に丹沢山塊、西から南にかけては富士山、箱根連峰、伊豆半島が連なり、水平線上には大島が浮かび、東には江の島、三浦半島のほか、晴れた日には、房総半島まで見渡せ」るという(「湘南にのみやガイドマップ」より)。
<写真>
⇓遠くに見えるのは(神奈川県二宮町から見た)富士山
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吾妻山2019021102
⇓湾は相模湾、湾の奥は(手前)真鶴岬、(更に岬の向こうに)伊豆半島
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⇓手前の公園は吾妻山公園
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「東京都新宿区大久保1丁目は、20歳の87%が外国人……」

 「東京都新宿区大久保1丁目は、20歳の87%が外国人という超国際都市になっている」という(注①)。この大久保1丁目は「全住民」の38.7%が外国人(注②)、そして「新宿区」全体では約12.4%(注③)が外国人。総務省の統計によれば、2018年1月1日現在、日本の総人口は1億2770万7259人、外国人は249万7650人だから、外国人比率は約2%ということになる。
 JR総武線「大久保駅」で下車。この大久保駅とJR山手線「新大久保駅」周辺を散策してきた。東京へ来て半世紀近くになるが、新宿区「大久保」へ来たのははじめて。新大久保駅界隈には有名なコリアンタウンがある。ところが近年、ベトナム人やネパール人、ミャンマー人(注④)が急増しているという。新宿区には59の日本語学校があり(注⑤)、バイトのできる飲食店やコンビニなどが多いことから、とくに若い外国人が急増したのだろう(注⑥)。
 JR大久保駅周辺(新宿区百人町)では、東南アジアや南アジアからの外国人を多く見かけた。新大久保文化通りは「イスラム通り」とも言われているらしい。街を歩いていると、若者の半数以上が外国人であるように思える。もちろん、女子高校生をはじめ多くの日本人もコリアンタウンを訪れていた。散策を終えると、資料を見るため新宿区役所に立ち寄る。そして、近くのJR中央線新宿駅から帰途につく。
<写真>
⇓トルコ・レストラン(大久保駅)
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⇓ナスコ・フードコート(ハラルフード食材店)。新大久保駅近くのイスラム通りにある
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⇓新大久保駅前
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⇓コリアンタウン
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新宿大久保2019020905
新宿大久保2019020906

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群馬県大泉町は「日本のブラジル」

 群馬県邑楽(ゆうらく)郡大泉町(おおいずみまち)は2017年12月31日現在、「外国人住民が総人口の約18%を占め、中でもブラジル人が多く住」んでいる。このため、「日本のブラジル」と呼ばれており、「日本人が外国の文化に触れたり、外国人が日本の文化を学べたりする魅力的な機会や場所がたくさんあ」る。大泉町では、「『秩序ある共生のまちづくり』を目指し、外国人住民に町の情報や日本での生活ルールを教える様々な取組を行ってい」る。具体的には①「文化の通訳」養成講座(注①)、②清掃活動や救命講習会などの、「外国人のボランティア活動」、③「ポルトガル語版広報誌」を発行、④外国語相談(ポルトガル語での相談)、⑤全小中学校に「日本語学級」を設置、⑥文化の架け橋となる「多文化共生コミュニティセンター」を設置するなどしている。
 「大泉町は、群馬県の南東に位置し、地形は平坦で、……南は利根川をはさんで埼玉県熊谷市に隣接してい」る。「群馬県では一番小さな町」だが、「北関東でも屈指の製造品出荷額を誇」っている。大泉町は、P社やS社などの大企業がある企業城下町で、市の南部には工業団地もある。工場の集積とともに「外国人が多数住むようになり、日系ブラジル人をはじめ、40数か国の外国人」が大泉町で生活している。彼ら外国人労働者は、これまで「貴重な労働力」として町の発展に寄与してきた。(資料①~④を参考にした)

<写真>
⇓スーパー・タカラ大泉店
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⇓スーパー・タカラ大泉店(店内)
大泉町2019020602
⇓キオスケ・シ・ブラジル大泉店(輸入総合食品スーパー)…スーパー・タカラの向かい。休業日だった
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⇓ブラジリアンプラザ
日本で最初のブラジル人向けショッピングセンターは撤退。いまは大泉町観光協会などがある。
大泉町2019020605
⇓日本定住資料館(ブラジリアンプラザ内)
ブラジリアンプラザ内の大泉観光協会に併設。許可を得て撮影
大泉町2019020607
⇓落ち着いた雰囲気の大泉町中心街
(右)P社の広大な工場敷地、(左)大型スーパー(ベスタ大泉店)、TSUTAYA、ダイソー、ドラッグストアなど
大泉町2019020608

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