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「深大」寺と「神代」植物公園

深大(じんだい)寺は、東京都調布市深大寺元町にある仏教寺院で、天台宗別格本山。総本山は比叡山延暦寺(滋賀県大津市)。東京都立神代(じんだい)植物公園のあたりは、もともとこのお寺の領地であった。おなじ「じんだい」と呼びながら、漢字は「深大」と「神代」とで異なるのはなぜか。この違いを調べてみた。
 江戸時代、深大寺周辺は「深大寺村」と呼ばれていたが、明治22年(1889年)に、この深大寺村と佐須村などいくつかの村が合併して、神奈川県北多摩郡「神代村」となる(注①)。このことが紛らわしさの始まり。
 昭和27年(1952年)に「神代村」が町制施行して東京府北多摩郡「神代町」となり、さらに昭和30年(1955年)に調布市と神代町が合併して、現在の調布市が誕生する(神代町は廃止)。このとき住居表示の変更が行われ、「深大寺元町」「深大寺北町」「深大寺東町」「深大寺南町」の町名が用いられることになった(注②)。
 いっぽう東京府は昭和15年(1940年)、調布飛行場の周辺を防空緑地とするため買収し、「神代緑地」と名づける。当時は「神代村」であったから、当然の名称。戦後、昭和36年(1961年)、この跡地に植物園を開園する際、「神代緑地」の「神代」の名称を引きつぎ、「神代」植物公園となる。行政上の地名としては消滅したが、植物園や高校、郵便局などの名称として「神代」の名が残ることになった。
 なお、植物園の深大寺門近くの掲示板にも、「神代植物公園の名称の由来」が記されている。

<写真>
①都立神代植物公園
神代植物公園20180601
神代植物公園20180602
神代植物公園20180603
神代植物公園20180604
深大寺植物園20180605
②深大寺
深大寺20180606
深大寺20180607
深大寺20180608
③鬼太郎茶屋
⇓この茶屋は深大寺の参道にある。中央の若者3人は「中国」から来た人たち。もしかしたら香港・台湾・シンガポールからかもしれない。中国でも、「鬼太郎」のことは知られているだろうか、と考えてしまった。
鬼太郎茶屋20180609

<注>
①深大寺村と佐須村などが合併したとき、なぜ「神代」村となったのかは、調べてみたが分からなかった。ただ、ブログ「新訂 旅と歴史」(神代植物公園)には、次のような推測をしている。「このとき何故“神代”という漢字が使われたのかは分かりませんが、勝手な推測では、明治になって天皇親政の世となったことから天皇=現人神(あらひとがみ)といった意味合いからこの漢字が当て込まれた」のではないかと記されている。まさに「神代村」が誕生した年である明治22年(1889年)は、「大日本帝国憲法」が発布された年であった。その第三條には「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス(侵すべからず)」と記されている。さらに調べてみると、同年の町村制施行にともない、千葉県や富山県などいくつかの県に「神代村」が発足している。ただし読みは「じんだい」とは限らない。(Wikipedia「神代村」)
②三鷹市にも「深大寺」の町名があり、深大寺1丁目から深大寺3丁目までが行政地名。もとは旧深大寺村の飛地。
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コメント

こんにちは!いつも、ありがとうございます。

鬼太郎茶屋は、水木しげるさんと関連があるのでしょうか。
鬼太郎ファンとしては、訪れてみたい場所ですね!
ありがとございました。♪(∩。∩;)ゞ・・・

こんばんは。

私は孫といっしょに、一度だけ鬼太郎茶屋を利用したことがあります。もちろん孫は直接には知りませんが、楽しめたようです。

「ゲゲゲの鬼太郎」の作者水木しげるさんは、大阪で生まれ、鳥取県境港市で育ち、昭和34年からは東京都調布市に住んでおられました。水木さんは、この茶屋を訪れたことはありますが、直接関係ないと思われます。なお、鬼太郎茶屋の本社は鳥取県境港市にあります。

ありがとうございます!

おはようございます。
詳しいご説明をいただき感謝しています。
ありがとうございました。^_^
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