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結愛ちゃんの死を悼む

 結愛ちゃんの「事件」は社会に大きな衝撃を与えた。その衝撃は、結愛ちゃんが書いた、いわゆる「反省文」にあるに違いない。私もこの「反省文」を読んだとき、胸が締めつけられる思いだった。そして今読んでも、そうだ。多くのブロガーも、自分の思いをブログに綴っている。

以下は新聞記事(注①)からの引用。なお、「/」は原文の改行箇所。
 「ひらがなはやさしい文字である。易しいうえに優しく、つづる言葉は角がとれて丸くなる。そのひらがなを、これほど痛ましく読んだ経験はかつてない。/ 船戸結愛(ゆあ)さん(5)は、覚えたばかりのひらがなの文をノートに残して息絶えた。親から悲惨な虐待を受け、まともな食事も与えられなかったという。
 『……もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします……』……虐待されながらも親の愛情をただ求める、幼い必死な言葉が私たちを打ちのめす。」
 あまりにも悲しい「反省文」ではないか。同時に怒りがこみあげてくる。
 「これまでも児童相談所や警察が虐待を認識しながら、命を救えなかったケースは繰り返されてきた。」 児童相談所の「職員の疲弊は深い。しかしながら脅かされる命の最後の守り手である。/ ……「国も自治体も財布は苦しいが、増える虐待から子を守る体制拡充への十分な投資を、惜しむときではない。」
 「子育てという大仕事、もっと敬意を払われていい。見守る。手を差しのべる。……子どもという総体を社会で肩車(注②)できれば素晴らしい。」

 予算の使途を一部変更すれば、「増える虐待から子を守る体制拡充」を行うことはできる。だがそれでも完全に虐待を防ぐことは難しい。それと同時に、社会全体が、子どもを「見守る。手を差しのべる」ことが必要であろう。
 虐待の問題とともに深刻なのは「子どもの貧困」。内閣府によると、「子どもの相対的貧困率は1990年代半ば頃からおおむね上昇傾向にあり、平成24(2012)年には16.3%となっている。」これはほぼ6人に1人の子どもが貧困状態にあることを示している。「OECD<経済協力開発機構>によると、我が国の子どもの相対的貧困率はOECD加盟国34か国中10番目に高く、OECD平均を上回っている。子どもがいる現役世帯のうち大人が1人の世帯の相対的貧困率はOECD加盟国中最も高い」(2010年)という(注③)。

 結愛ちゃんの「生きた」5年間を無駄にしてはならない。このような事態を防ぐために、私たちひとりひとりは何ができるのか、考えてみたい。結愛ちゃんの死を悼む、だけではもう済まされない。とはいえ、私たちには何ができるのだろうか。……。

<注>
①朝日新聞2018年7月22日「肩車の『凱旋将軍』見守りたい」より。
②この記事(「日曜に思う」)は、「加藤<剛>さんが幼いわが子を肩車する随筆」から書き始められている。加藤剛さんといえば、私は、加藤さんが栗原小巻さんと主演した映画『忍ぶ川』(1972年公開)を思い出す。加藤さんは、この2018年6月に亡くなった。ご冥福をお祈りする。
③内閣府『子ども・若者白書(全体版)』の「子どもの貧困」より(平成26年および27年版)。子どもを支援する動きは広がりつつあるが、もちろんじゅうぶんではない。なお、OECDの加盟国は2018年現在、36か国で、多くの先進国が加盟している。
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