五番街のマリーへ 高橋真梨子

「あの年この歌」という番組(テレビ東京)がある。「番組概要」には、次のように書かれている。「毎回、20世紀のある1年を主題として、名曲と時代を振り返る新しいタイプの“音楽報道番組”。 番組を見れば当時にタイムスリップし、音楽に勇気づけられた思いとパワーが蘇り、現代で忘れ去られたモノや、今後の生きる道しるべが見えてくる大人のための新しい音楽プログラム」 私には、テレビで歌番組を見るという習慣はまったくない。ふだんはYoutubeでおもにクラシック音楽などを探し、聞いている。しかし、この番組だけは不思議と毎回見る。「あの年この歌」が歌われていた「ある1年」が分かり、さらに懐かしさも手伝い、ビデオに録画して見ている。5月23日の「あの年この歌」は、高橋真梨子の「桃色吐息」(昭和59年=1984年)であった。わたしはこの歌ではなく、同じ番組で聞いた「五番街のマリーへ」に注目。この歌を意識して聴いたのははじめて。つまり初めて聴いたも同然。この歌はペドロ&カプリシャスの代表曲のひとつ。作詞阿久悠、作曲都倉俊一、ボーカル高橋まり(現在の高橋真梨子)。私は歌詞にも注目してみた。すると次のような「解釈」をしているブログを見つけた。以下に一部を引用してみる。このブログ(「いろいろブログ」)は女性によって書かれている。全文はブログを見て欲しい。

「五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんなくらし しているのか
見て来てほしい

これを頼んでいるのは、男性である。彼の心の中に、刺さっているマリーという女性がいる。マリーとは、長い間、音信普通である。マリーは、不幸な人生を歩んできたことが、この短いフレーズで、私たちは、理解できるのだ。どんな暮らしをしているか、わからない。幸せそうな女性であれば、こんな台詞は出てこない。

五番街は古い町で 昔からの人が
きっと住んで いると思う
(省略)
たずねてほしい
マリーという娘と 遠い昔にくらし
悲しい思いをさせた それだけが気がかり
五番街でうわさをきいて もしも嫁に行って
今がとてもしあわせなら 寄らずにほしい
(省略)
……非常に物語的な作品である。マリーは、不幸せが似合う。そういう幸薄い影がある女性である。長い髪をして、可愛い女性である。男の人に対して、尽くして、恋する男性だけが彼女の全人生になってしまう。そんな女性である。そんな彼女が、彼をいらだたせることが、あった。彼女を必要以上に傷つけ、別れてしまった。ひどいことばかりをしてきた。何年たっても、彼女のことが、気がかりで、ある。彼女が住む五番街は、彼にとって、ある意味、聖地である。だからこそ、近づけない。マリーが、不幸せだとわかれば、飛んで生きたい。けれど、この男性は、踏みとどまるだろう。」

この歌の「五番街」とは、ニューヨークの、高級商店街のある地区のことであろうか。「五番街」には「若い男女が、気軽に同棲できるような」安アパートがある地区もあるらしい。いずれにしても、そんなことを気にせず、この曲を聞くのがよい。
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yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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