横浜開港 横浜三塔

1.横浜開港の歴史
①欧米の日本進出
欧米では市民革命を経て、18世紀後半から19世紀にかけて産業革命が進展した。大量生産による安価な商品市場と原料資源の獲得を国外に求めてアジアに進出。こうして欧米列強による植民地獲得競争が始まった。1853年(嘉永6年)6月、アメリカの東インド艦隊司令長官ペリーが浦賀沖(神奈川県)に来航し、日本に開国を迫った。幕府は久里浜(同県)でアメリカ合衆国大統領フィルモアの国書を受け取り、幕府老中阿部正弘は来春の回答を約束。ところで、ペリーの来航により突然日本が開国を迫られたのではない。それ以前の18世紀後半から外国船が相次いで日本に来航し、開国や通商を求めていた。たとえば1792年(寛政4年)にロシアのラックスマンが、1804年(文化元年)に同じくロシアのレザノフが、漂流民を護送し、通商を求めた。1846年(弘化3年)、アメリカの東インド艦隊司令長官ビッドルが浦賀に入港し、開国などを求めた。7年後、ペリーはビッドルの失敗をじゅうぶん研究し、日本に開国をせまった。
②横浜開港
1854年(安政元年)1月、ペリーは7隻の軍艦を率いて再び来航。神奈川(東海道の宿場町・港町)沖に投錨し、開国をせまった。幕府は西神奈川の横浜村(当時は半農半漁の寒村)で交渉し、ついに同年3月、日米和親条約(神奈川条約)を調印。下田(伊豆半島南端)、箱館(のちの函館)の2港を開港し、領事館を下田に設置することなどを取り決めた。同様な条約をロシア、イギリス、オランダとも結んだ。1856年(安政3年)、アメリカ総領事ハリスが下田に領事館を開き、通商条約の締結を求めた。1858年(安政5年)6月、大老井伊直弼は勅許(ちょっきょ、天皇の許可)を得られないまま日米修好通商条約を締結。このとき、下田・箱館のほか、神奈川・長崎・新潟・兵庫を開港(翌年、神奈川ではなく東海道から離れた横浜を開港、下田は閉港)。さらにオランダ・ロシア・イギリス・フランスとも修好通商条約を結んだので、安政の五か国条約と総称している。

2.横浜三塔 横浜開港資料館 
横浜市の関内(注)地区には歴史的建造物がたくさんある。とくに横浜三塔(写真上①②③)は有名。横浜市開港記念会館(同「ジャックの塔」、1917年竣工)、神奈川県庁(愛称「キングの塔」、1928年竣工)、横浜税関(同「クイーンの塔」、1934年竣工)の建造物をいう。みなとみらい線日本大通り駅を下車するとすぐ横浜市開港記念会館(現在も公会堂として利用されている)。ついで神奈川県庁、横浜税関へ。横浜三塔の見学を終えると、開港広場(写真中)へ。ここでペリーと幕府との間で日米和親条約が締結された。この広場の隣に、横浜開港資料館(写真下)がある。新館の「展示室1」では、「ペリー来航とその前後の世界情勢や日本、そして横浜のようすを紹介」。同じく「展示室2」では、『横濱毎日新聞』(日本最初の日刊紙)など、「横浜~もののはじめ」などが紹介されている。さらに「企画展示室」では「江戸時代から大正・昭和初期までの横浜の歴史に関わる人物や出来事などに焦点をあて、年4回の企画展示を開催して」いる(資料館のパンフレットより)。なお、旧館は旧イギリス総領事館。有名な「ペリー提督の横浜上陸」図(ハイネ画)に描かれているタブノキ、通称「玉楠の木」(たまくすのき)は、現在でもこの資料館の中庭に存在する(関東大震災で焼失、その後根元より再生)。日米和親条約が結ばれたこの地で当時のことに思いをはせるのもよい。
(注)関内(かんない)…安政6年(1859年)、開港にともない横浜村に外国人居留地が造られる。この「居留地へ通じる橋のたもとに人々の出入りを監視するための関所が設けられた。この関所の内側という意味で『関内』と呼ぶようになった」(横浜開港資料館編『横浜・歴史の街角』)。「関内」という住所表示はなく、行政上の町名では横浜市中区の、港町・尾上町・本町・山下町など、JR根岸線関内駅から海側の地域。伊勢佐木町側は「関外」という。

<写真上>横浜三塔①横浜市開港記念会館、愛称「ジャック」
「ジャック」横浜市開港記念会館
<写真上>横浜三塔②神奈川県庁、愛称「キング」
「キング」神奈川県庁
<写真上>横浜三塔③横浜税関、愛称「クィーン」
「クィーン」横浜税関
<写真中>開港広場
球体には「日米和親条約調印の地」と書かれている。この広場の右側に横浜開港資料館がある。
日米開港の地
<写真下>横浜開港資料館(正面玄関)
中庭に「玉楠の木」(たまくすのき)が見えている。この近くで日米和親条約が結ばれた。
横浜開港資料館正面玄関
<地図>横浜三塔、開港広場
横浜三塔、開港広場
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Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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