横浜 山手西洋館

1.横浜山手西洋館
幕末、日本の開国にともない横浜村(東海道から外れた、わずか80数戸の寒村)に外国人が暮らすための居留地が設けられた。JR根岸線関内駅より海側(現在の山下町など)に相当する。その後、この地が手狭になったので山手地区(現在の山手町など)にも外国人居留地が造られた。この地区の、山手本通りという一本の通りに多くの西洋館が建てられる。現在まで残る建物は関東大震災後のもので、第二次世界大戦中に空襲を受けなかったため、横浜山手地区に歴史的な建造物が多数残された。なお、全国各地の居留地は、通商条約改正(1894年)の実施(1899年)にともない、いっせいに返還された。これ以降、外国人は「内地雑居」が認められ、旅行の制限も解除された。

2.横浜山手地区散策
JR根岸線石川町駅で下車。山手イタリア山庭園へ向かう。明治時代、この地にイタリア領事館が置かれたため、イタリア山と呼ばれている。この庭園に、1993年にブラフ18番館(カトリック山手教会の司祭館、写真①)、1997年に「外交官の家」(写真②)が移築された。この庭園を出て、山手本通りを北へ向かう。カトリック山手教会、ベーリック・ホール(旧ベーリック邸、写真③)、エリスマン邸(写真④)、山手234番館(外国人用の集合住宅)などを経て外国人墓地へ至る。外国人墓地資料館は埋葬者の業績を紹介する資料を展示。墓地内は非公開(公開される日もあるが、確認が必要)。さらに北へ向かうと港の見える丘公園へ。ここには横浜市イギリス館(旧イギリス総領事公邸)と山手111番館(アメリカ人実業家邸宅)などがある。展望台からは横浜港、ベイブリッジ(写真⑤)などを見下ろすことができる。ここからみなとみらい線元町・中華街駅へ。元町通りを経てJR石川町駅へ戻る。元町通りにある商店街は150年以上の歴史をもつ。横浜開港にともない横浜村に住んでいた住民が現在の元町(山手の麓)に移住。明治にはいると、山手と山下の両居留地に住む外国人向けの商店街として栄えるようになった。

<参考>
横浜山手西洋館マップ」(公益財団法人横浜市緑の協会の公式サイト)はダウンロード可能。
『神奈川県の歴史散歩(上)』(山川出版社、歴史散歩14)

<写真>
①ブラフ18番館(カトリック山手教会の司祭館)
ブラフ18番館
②山手イタリア山庭園にある「外交官の家」(もと明治政府外交官の家)
外交官の家2
③ベーリック・ホール(旧ベーリック邸)
ベーリック・ホールa
④エリスマン邸(エリスマンは、スイス生まれの、生糸貿易商社の横浜支配人)
エリスマン邸B
⑤港の見える丘公園から見たベイブリッジ
港の見える丘公園 ベイブリッジ
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yamashiro94

Author:yamashiro94
東京都内、多摩地方、近県でカメラを持って散策しています。旅行・歴史・地理・文学・音楽などから最近気になったことまで、何でもとりあげています。写真なしの場合もあります。上の写真はマレーシアのクアラルンプール駅。2007年撮影。

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