FC2ブログ

オーストラリアの「移民政策」

 竹田いさみ著『物語 オーストラリアの歴史 多文化ミドルパワーの実験』より引用してみる。
この本は、「オーストラリア社会を解剖する一つの切り口として移民政策を取り上げ、150年間の変遷の中で、アジア系労働者や移民がいかに導入され、そして拒絶されつづけた末に、なぜ再び受け入れられるようになったのかを明らかに」している。そして、このことに「オーストラリア型多文化社会を理解する鍵が、隠されている」という。
 それでは「なぜ、白豪政策という強烈な名称の国家政策を導入しなければならなかったのであろうか」。それは「中国人に代表されるアジア系外国人労働者が急速に増加し、社会的脅威を形成するまでになっていた」からであった。「当時のオーストラリア人にとって、それは自己防衛のための本能的な対策であった。……アジア系労働者の大量流入現象と、中国人の定住化の前に大多数のオーストラリア人が合意できた解決策が、アジア人を主体とする有色人種の締め出しであり、その結果として白豪社会を実現することであった。……アジア系外国人労働者の入国を原則として禁止した法律が……移住制限法(注1)である。」
 しかしよく考えると、なぜこれほどまでに外国人労働者が流入し定住するようになったのか。もちろん「白人」側の事情も大きく影響している。簡潔に示せば、①奴隷制の廃止、②海外流刑地制度の中止、③相次ぐ金鉱の発見などである(前掲書)。人の「移動」にはオーストラリア(イギリス)側にも理由があったということ。「アメリカ大陸やオーストラリア大陸における労働者不足を解決する手段」として、アジア系外国人労働者を「組織的に導入」した結果であった。「アジア系労働者とは、現代の日本が直面している外国人労働者のイメージに近い。」オーストラリアは、1970年代から1980年代にかけて、それまでの「移民政策を放棄し」、「アジア人を主体とした非白人の移民を合法化」した。日本では近年、外国人技能実習生や「出稼ぎ(偽装)留学生」などでさまざまな問題がおきている。いずれ日本でも外国人労働者の「流入」や外国人の「定住」に厳しい対応を迫られるに違いない。そのようなとき、オーストラリアの「移民政策」に多くを学ぶことになるだろう。
(注1)1901年制定
(注2)オーストラリアが再び「非白人の移民を合法化」した理由ついては本書を読んで欲しい。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント